

鳳凰や象、唐花、ペイズリー……、どこか異国情緒を感じさせる紋様の数々が一枚の布に濃密に美しく染められている「仁仙」の更紗。更紗職人として活躍する前田仁仙さんが生み出す独創的な作風には熱心なファンが多く、着物の業界で「更紗といえば仁仙」と称されるほどです。
そんな仁仙更紗を生み出しているのが、自社工房の株式会社前仁。工房は京都市内の四条烏丸から南西に歩いて5分ほどのところにあり優美な更紗がオフィス街で生み出されていることに驚きますが、実はこの界隈は昔から染色関係の工房が多いエリアなのだそう。昭和から令和にかけて郊外に引っ越してしまった工房も多くあるものの、街を歩くと今も染物屋さんが点在し染料店や友禅関連の組合などもあって、京友禅とゆかり深い地域であることを感じさせます。2代目前田仁仙として活躍する社長の前田俊和さんによれば、前仁もこの地で100年続く工房なのだそう。
「うちの場合は、祖父の代からの染屋です。私は2代目前田仁仙の名で活動していますが、前仁としては3代目。1973(昭和48)年に父が住まい兼工房だった町家を、このビルに建て替えたんですよ。私も小学校を卒業するまではここで暮らしていました」
元京町家のビルらしく間口が狭く奥に長い「鰻の寝床」の間取りであること、そしてそれが反物を染めるのに最適であることも実に京都らしい姿。オフィス街で染められる異国の香り漂う仁仙更紗が、昔ながらに京都で染められる京友禅のひとつであることが伝わってきます。


更紗は型を使って板の上に貼った生地を染める板場友禅のひとつで、昔ながらの伊勢型紙を使い、丸刷毛やコマべらで染料や色糊を布に染めつけていきます。仁仙更紗の場合は、ひとつの柄を表現するのに20枚以上、反物全体で多いときには300枚もの型紙を重ねるのだそう。1反を染める摺染の回数は1000回を超すといい、とてつもなく手間のかかった手染め布であることがわかります。
実際の作品を見せてもらうと、手摺りでここまで染められるのかとため息がでるほどの細やかさ。一輪の花に何種類もの色が使われ、優美に舞う鳳凰の尾羽の一枚一枚にも濃淡や陰影があり、数えきれないほど型を重ね色を重ねた深みある表現に惹き込まれます。色の設計は大変に高度で、それらをずれないように染める技術にも圧倒されます。まるでたくさんの楽器の音が重なりひとつの音楽になる交響曲のようです。
「型紙は毎年新しいものも制作しますが、代々の当主がつくった家に伝わる型も現役で活躍しています。配色を変えると驚くほど雰囲気が変わるんですよ。色にもこだわりがあり、ドイツから直輸入した含金染料を使用しています」
小紋はもちろん絵羽模様の染めもあり、染めない部分がある場合は縁蓋と呼ばれる切り抜いた紙やフィルムを貼って防染するのだそう。この日は九州博多織の白生地に墨流ししたものの上に部分的に縁蓋をほどこし、更紗模様を染めていました。博多織は先染のイメージがありますが、前仁ではすべて白の糸で織ってもらい更紗を染める生地に使用しています。しぼがあるちりめんと張りのある博多織では、染料の粘度も変わるのだそう。生地の織りによっても仕上がりのイメージは変わるし、他の染めの技術と組み合わせることもできる。更紗の可能性は無限大です。また多色で華やかな紋様に金彩があしらわれた袋帯などは、織物に負けないほど豪華なのに手に取るととても軽く、締めやすそうなのが魅力的でした。
前仁の板場では、ベテラン職人さん以外に前田さんの息子である剛志さんと同僚の西恭平さんが作業に専念していました。二人はまだ30代なのだそう。職人さんの高齢化が叫ばれる友禅の現場で、若手職人の育成が順調であるのも頼もしいことでした。


前仁のもうひとつの特長は、自社工房で引き染めができることでしょう。反物が張りめぐされた最上階の工房では、ベテランの職人さんが刷毛を動かしていました。
「織り上がった白生地はまず全体的に下染をするんです。これによって表現にぐっと深みが増すんですよ」
と前田さんはいいます。
引染の技術を活かした暈かし染めの小紋なども制作しており人気を呼んでいますが、その色合いもやはり仁仙テイスト。シックな暈かし染めでの振袖の依頼もあるのだそうです。
前田さんは大学を卒業後、5年ほど問屋に勤務して修行を積みました。そのとき、たくさんの着物を見て目を肥やしたのはもちろんですが、考案室に在籍し、デザイン、配色を学んだことも大きな経験となりました。現在、仁仙更紗の命ともいえる複雑な色や配色は、前田さんがすべて考案しています。
「着物の展示会を通してお客様と接することができ、とても勉強になっています。時代や流行によりお客様の感性やニーズは変化しますので、職人である我々が直接聞く機会に恵まれるのはありがたいですね」


そんな前田さんには、お客様から頂いた忘れられない言葉があるといいます。あるとき作風を少し変えてみたところ、お客様から「先生ごめんなさいね、今回はときめかなかったわ」と言われたのです。
「仁仙ファンの期待を裏切ったらあかん、ぶれたらあかんと気付かされました。そして決意を新たにしたんですよ」
と当時を振り返り
「わたしは着物にこだわりたいので、和装以外はやりません。日本人の民族衣装は着物ですし、着物はもっと進化していいと思っていますから」
ときっぱり語りました。そのゆるぎない言葉はとても頼もしく、前田さんが「着物を纏う楽しさや喜び」をお客様からしっかり受け取っておられることが伝わってくるようでした。
更紗はインドで生まれた染めもので、大航海時代に世界各地に広がったといいます。ジャワやペルシャ、ヨーロッパなど伝わった先のそれぞれの風土に溶け込み、その地域ならではの素材や技法による独自の更紗が生まれました。そして、前仁では世界各地、各時代の更紗のエッセンスが融合され、唯一無二の作風が生まれています。つまりここ京都の前仁もまた、更紗という染色文化が長い時間をかけて伝播した先のひとつなのです。
(文:白須美紀 写真:田口葉子)
株式会社 前仁