

服部染工の代名詞ともいえるのが、機械3台を擁している「ローラー捺染」。金属製のロールに模様を掘り出し布に染めつける凹版染めで、京都でも数件しか手掛ける会社がないのだそう。大量生産が可能な機械染めでありながらも、熟練の職人技を必要とする貴重な染色技法です。
ローラー捺染は、機械の先端にセットしたロールを布の上で回転させて、模様を染めていきます。染められた布は牽引されて職人さんの目の前を頭上へと上がってゆき、2階部分に備えられた乾燥機を通る間に乾かされて、再び下に降りてきます。それはあっという間の出来事。
「量をこなすポテンシャルはあるのですが、準備にとても時間がかかるんですよ」
と教えてくださったのは、服部染工の代表取締役・服部洋典さん。染めるための準備はまず、ローラーについた色糊を掻き取る役割のドクターブレードという部品の調整から始まるといいます。スウェーデンステンレスという硬質ステンレスの板を、包丁のように磨いてベストの刃先に仕上げるのです。
「数種類のやすりや砥石を使って、自分たちで研いで望ましいドクターに仕上げていきます。1柄ずつ刃先の角度など調整して、柄に適した形に整えるんですよ」
触っただけで指が切れるので、職人さんたちは利き手の爪を伸ばし、爪をすべらせて研ぎ上がりを確認するのだそう。とても微細なため定規で測ることもできませんが、感覚で合わせているといいます。
「不思議なものでね、スコープで拡大したらちゃんとそれぞれ思っていた形になっているんですよ。人間ってイメージしたらその形にできるものなんです」
と服部社長は笑いますが、その職人技には驚くばかり。しかも研ぎ終わったドクターをセットするのにも技術が必要だといいます。まっすぐ研いだつもりでもわずかに片方が下がっていたり、ローラーに癖があったりするため、機械に設置するときに左右の微調整が必要なのです。そのときの確認の方法は「音」なのだとか。触覚や聴覚など、職人さんたちは五感を駆使して機械の調整をしているのでした。


そしてもちろん、いざ染色となると肝心の布のセットも重要です。
「布の調整は、機械の左右にあるハンドルで行います。片方ずつ動かせますので、角度を変えたり当たってるところの調整をしながら布を押し込みます。薄い生地を押し込みすぎるとベチャっと染まってしまうし、押し込みが緩いとスリップしてしまう。布とロールの相性をみながら、ベストの加減で押し込んでいくんです。感覚を研ぎ澄ませる必要があり、集中力を要する作業です」
その言葉に、この日作業をしていたベテラン職人さんの姿が目に浮かびました。両手でレバーを回す後ろ姿に気迫がみなぎっていて、「真剣勝負」といった言葉がぴったりだったのです。ご自身でも機械を操作している服部社長は、実感を込めて頷きます。
「ローラー捺染は、設備は機械だけど、人間の技があってこその染めです」
そしてこの職人技こそが、精細な小紋柄に定評があり「鮫の服部」と称された服部染工の技術力なのです。
服部染工は大正12(1923)年創業で、100年の歴史を持つ染工場です。板場友禅の工房としてスタートしましたが、着物がたくさん売れた昭和30年代に、大量生産が可能なローラー捺染の導入を始めました。その歴史を物語るように、工場には2000本以上に及ぶ紋様が刻まれた金属ロールが保管されています。柄の元となるのは、型染小紋と同じく渋紙に彫られた伊勢型紙。それをフィルムに転写したものを使うそうです。
「鉄芯に銅を巻いたロールに露光液を塗布し、フィルムを貼ります。そこに紫外線を照射すると、紫外線が当たった部分が固まるんですよ。フィルムを外して露光液を洗うと焼き付けた部分だけが残り、固まっていないところはむき出しの状態になります。さらにそれを硫酸で洗うと、むき出しの部分が腐食して削れ、凹模様ができるのです。実は、フォトリソグラフィという電子部品のパターンニングと同じ技術なんですよ」
服部染工が昔から得意とするのが、極小柄。ローラーの均一な力でずっと一定に染めることができるため、微細な紋様がきれいに染まるのだそう。もちろん、きれいに染めるための機械を扱う職人技があってこその話です。機械には3つのロールをセットできるマシンもあり、間隔を工夫することでボカシ染めもできるのだそう。それぞれのロールに1色しか使えないので3色の染物になりますが、染料がにじんで混じるため、3色とは思えない複雑な色の表現ができるのだそうです。


服部染工にはさらに武器があります。それは、スクリーン捺染が社内でできること。専属の染め場がきもの12反分あり、専門の職人がいます。そのため、スクリーン捺染だけの仕事はもちろん、ローラー捺染とスクリーン捺染の併用もできるのだそう。糊を変えたり撥水剤で防染をしたりとさまざまに工夫をすることで、多様な表現が可能になります。
「スクリーンの型だけでも、1000枚はあると思います。スクリーンを使うことで小紋だけでなく絵羽模様もできるんですよ。また外部の職人さんにハケによる引き染めをお願いすることで、さらに複雑な表現も可能です」
柄に合せた糊剤を工夫し、複数回の捺染を繰り返すことにより複雑な模様を染め上げた着物、先にスクリーンで糊伏せしてから地模様をローラー捺染で染め、さらに引き染めをほどこした着物。細やかで多彩な表現は、見れば見るほど引き込まれてしまいます。全国的に見ても、ローラー捺染とスクリーン捺染の両方ができるのは、服部染工だけなのだそうです。


「板場とローラー、引き染めを併用し、バリエーションをもてるのはうちの強みでしょう。真面目に実直にクライアントの期待に応えながら、他にできないことをもっと追求していきたいですね」
普段着着物の需要が減るなかでローラー捺染の技術をどう活かしていくのかを、いつも考えているという服部社長。大学で化学を学んだ社長の専門的な視点を活かせるのもまた、服部染工の強みでしょう。魅力あふれる新作はもちろんのこと、若きリーダーの今後の挑戦も楽しみです。
(文:白須美紀 写真:田口葉子)
代表取締役 服部洋典