作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


ものづくりの挑戦を続け、新たな染色美を開花させる―岡重 

岡重

さまざまなアイテムを開発してきた岡重

 岡重の名前を聞いて、着物通が思い浮かべるのはどんなアイテムでしょうか。友禅の優美なバッグかもしれないし、洒落た染めの袋に入った筆ペンかもしれません。インパクトのある格好いい羽裏や、レトロで愛らしい浴衣の場合もあるでしょう。染匠として各種依頼に対応しつつも、着物や帯だけにこだわらないアイテムも豊富に揃うのが岡重らしさ。それはそのまま、4代目社長である岡島重雄さんが挑戦してきたものづくりの軌跡でもあります。そして、どのアイテムも大きな魅力を放っており、わたしたちの記憶に強く残るのです。

  岡重が京都室町に染色加工業者として創業したのは、江戸末期の1855(安政2)年。初代が当時開発されたばかりの化学染料を輸入し、研究を始めたのがきっかけでした。2代目となる岡島社長のお祖父様は初代とともに化学染料の研究を続け、型染友禅が産業として発展するようさまざまな取り組みを行いました。型染小紋が普段着として定着するにつれ、岡重の生産も拡大。明治大正には京都市内に200人規模の工場を2軒構え、図案を考える職人さんだけでも20人を擁していたそうです。戦後に岡島社長のお父様が3代目を継ぐと、やがて日本は高度経済成長期に突入。戦争の影響で物資が枯渇していたのもあって、他のものと同様に着物も飛ぶように売れたといいます。

 岡島社長が家業を継ぐ決意をしたのは、それらが落ち着いた昭和50年代のはじめでした。まずは修行のため東京の問屋に入社し松屋銀座の係になりますが、岡島社長はそこで世の中のある変化に気付きます。

「銀座まで毎日通勤するのですが、着物姿を一人も見かけない日が珍しくなかったのです。わたしにはそれが『着物が日常着としての役割を終えた』宣告のように思えました。お店ではまだフォーマルの晴れ着は売れていましたが、岡重が得意とするのは日常着の型染小紋ですから、『これは困ったな』と悩みました」

最大のヒット作になった友禅バッグ

 そこで岡島社長は、京都に戻るとまず新しい挑戦に取り組みました。従来からの型染に手描きを交えた独自の友禅です。京都の友禅業界では型染と手描は工場が別れているため、1枚の着物に両方の技を凝らすことはあまり行われておらず、それだけに新たな手法は個性が際立ちます。そして「若いお嬢さんが着るような派手めのカジュアルな着物」に特化しました。その狙いは当たり、おしゃれ好きの若い女性に大変売れたのだそうです。しかし狭いジャンルだけに、商売の発展を考えるともっとフィールドを増やさねばなりません。そこで岡島社長は、次にショールやストールの制作に着手。これもまた当時の和装にとっては新しいアイテムだったため、コート代わりになると人気を呼んで、高価なわりによく売れたのだそうです。

 この成功を経験し「そうか。少しくらい高価でも他にない良いものなら、着物を買う女の人は必要としてくれるのだな」と気づいた岡島社長は、着物のおしゃれにもっと大事なアイテムがないかを考えました。そして辿りついたのが、バッグでした。

「初めは革バッグをつくろうと試作したのですが、一流の革製品ブランドには到底かないません。そこで、うち本来の技術を生かした友禅バッグに挑戦しようと決めたのです」

美しいバッグはやはり女性たちに受け入れられますが、岡島社長はまだ満足がいかず「さらにグレードあるものをつくりたい」と、イタリア老舗ロカティ社とのコラボにも挑戦。それが爆発的なヒットとなりました。その後、大きさや用途にあわせて型も増えて、友禅バッグシリーズは岡重の代表作になったのです。

 岡重のバッグは最初に形状を決め、その仕上がりに合わせて友禅を染めます。それは、着物の絵羽模様と同じアプローチ。刺繍で加飾も施します。だからこそ一つのバッグが着物と同じ「身につけるアート」になり、見る人の心を惹きつけるのでしょう。

日本とインドネシアの協働が生み出す新たな布

 そんな数々のヒット作を生んだ岡島社長が「一番のお気に入りです」と言う製品が、インドネシアのバティックと京友禅を融合させた、バティック友禅ストール「IMAN scalf」です。岡重で制作した下絵でインドネシアの職人がバティックの防染加工を行うもので、日本に戻ってきた防染済みの布に、日本の友禅職人が色を挿します。布は京都の丹後で織りあげた、シルクオーガンジーです。

「お召しになるとものすごく温かいんですよ。薄くてハリがある生地なので空気が溜まるんです」

セリシンがほどよく残るよう精練したシルク糸を使用しているため、生地には絶妙なハリがあり体に纏うとふんわりとした立体感がでます。オーガンジーの透け感にシルクならではの柔らかな光沢もあり、まるで羽衣のよう。しかも全面に繊細なバティックが凝らされているため、優美で見飽きることがありません。唯一無二の存在感は手にした人を惹きつけ、纏った人を虜にしており、一人で何枚も集めているお客様もいるのだそう。

 バッグにしろストールにしろすべてが心に強く残るのは、考えを尽くし技術も尽くして形にされた品々だからこそでしょう。岡島社長のものづくりの信念は「もの言わぬものにもの言わすものづくり」。岡重の製品を見ていると、その言葉がすんなりと腑に落ちるのです。

岡重に残る大正期の見本布たち

 岡島社長が生み出してきた名品以外に、岡重にはもう一つ大きな宝があります。それは2代目が残してくれた模様見本帳です。なかでも「羽裏見本帳」は大胆な模様も多く、見るものに強い印象を与えます。羽裏とは、袷の羽織を脱いだときに見える内側の背の部分。今も昔も羽裏に凝った柄を取り入れる「裏勝り」は究極のおしゃれであり、表には派手すぎて着るのをためらうような大胆な柄が羽裏に喜ばれてきました。そのため、岡重の羽裏見本帳に残されている模様も、縁起のよい伝統柄から現代アートを彷彿とさせるグラフィカルなもの、曾我蕭白や伊藤若冲といった天才絵師の名画をオマージュしたものまで個性豊かです。

 2代目は図案をとても大切にしており、担当者も「本絵が描ける」職人だけを揃えていたのだそう。実際に絵が描ける人たちが残した「本物」の力強さは、100年近く経った今も色あせることがありません。その見事なラインナップに「祖父はやはり美的センスが優れていたのでしょうね」と、岡島社長も頷きます。幼い頃に自社の工場を遊び場にして育った岡島社長のものづくりもまた、お祖父様ゆずりの美的センスに支えられているのでしょう。

大切なのは、常に挑戦を続けること

 創業170年近い老舗企業を受け継ぐことについて岡島社長に尋ねてみると、返ってきたのは「単に継承するだけでは続きません」との言葉でした。

「やはりその時代時代に変化していくのが事業だと思います。家風もあるかしれませんが『無我夢中で最善を尽くしていたら結果的にこうなった』という感じです」

と岡島社長は言い、隣にいる息子であり専務の大策さんを指して

「この人はこの人で、わたしらが考えへんことを色々やりますよ。自転車屋さんに行くとずらっとうちの布でできたキャップが並んでいたりして、『あぁ、面白いなぁ』と思って見ているんです」

と、笑顔で語ります。

 大策さんは、大学を出て5年間自転車関係の部品メーカーに勤めたのち、家業に入りました。家に伝わる図案を使い、独自のブランド「MAJIKAO」を始めたのは2019年のこと。岡島社長から「好きなようにやれよ」と言ってもらい、呉服とは全く違う部門でものづくりしているのだそう。

「図案が面白いので、製品にしたいと思ったんです。手捺染の型友禅で広幅生地に染めて、自転車のバーテープやキャップ、スニーカーなどを制作しています」

 大策さんがチョイスする模様は、真っ赤な鯛が重なり合ったったインパクトのある「鯛づくし文様」や女物の羽織に使われたという手描きの線が味ある縞や格子、抽象画を思わせる「群衆文様」など、どれもポップでおしゃれ。良い図案は何に変化しても格好良いのだと改めて実感します。

「和装やアパレルといった固定観念に縛られず、図案を生かすことを第一に考えています。まだまだですが、社長の代で代表作となる友禅バッグを開発したように、私の代でも何かイノベーションを起こさなければならないと思っています」

 一方岡島社長も、新たな取り組みに動き出していました。2021年に国立博物館からの依頼で、高野山に伝わる200 年前の祭の幕の復刻新調に関わったのです。化学染料のない時代の幕がどんな環境でどんな材料を使いどのようにつくられたかを想定し、布の手織りから手染めまで、可能な限り現物に近くなるよう宮司の意見も取り入れながら新調させたのだそう。さまざまに挑戦を重ねて染織品に関わってきた経験が、文化財の仕事にも役立ったのです。

「学芸員の方に『岡重さんだからお願いした』と言われたことが、とても嬉しかったですね。今後は文化財の復刻新調も仕事になってくると思っています」

 文化財に関わる仕事を視野に入れはじめた父と、現代のファッションに100年近く前の図案で挑む息子と。頼もしく眩しい父子鷹が、岡重と友禅を未来へとつなぎます。 

                                  (文:白須美紀 写真:田口葉子)

PROFILE
代表取締役社長 岡島重雄(右)
専務取締役 岡島大策(左)
株式会社 岡重
住所
京都市中京区木屋町通御池上ル上樵木町502
TEL
075-221-3501
HP
https://okaju.com/
SNS
  • Instagram
オンラインショップ
https://shop.okaju.com/
MAJIKAO HP
https://www.majikao.com/
MAJIKAO Instagram
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