作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


歴史ある工場を舞台に、多彩な染芸が実現する美の世界

吉江染工場

生きた博物館のような染工場

 ほの暗い部屋の書棚にずらりと並ぶのは、古い染色の本や見本裂。なかには、天保3年の日付が記された図案見本もあり、その貴重さに驚かされます。特に目を引いたのは初代が収集したという友禅の見本裂で、「競ふ百花」「里のうわさ」「糸目の味」など、それぞれ手書きで題名がつけられていました。なんだかまるで染織の図書館みたいで、日がな一日ここに籠ってすべての資料をじっくり眺めていたくなります。

 同じ部屋には、黙々と小刀で型紙を切り抜いている職人さんもいました。図案を元に型染友禅の型紙をつくる「型彫り」の工程です。

「友禅はふつう分業制なのですが、二代目である父が自社内で一貫生産できるよう体制を整えました。それで普通は外注する型彫りの職人さんも、社内にいるんです。今は仕上げの蒸し工程は外注に出していますが、昔はそれも社内でやっていたんですよ」

と話すのは、現社長である吉江染工場三代目の吉江康二さん。

 敷地内にはタイル張りの細長い空のプールもあり、以前はそこで「友禅流し」もしていたのだそう。友禅流しとは、蒸し終えた反物を流水で水洗いする作業のこと。かつては川に流して洗っていたため、そう呼ばれています。昭和の昔は鴨川や桂川などでも友禅流しが行われており、京都らしい風物として親しまれてきました。現在は環境保全のため友禅流しは蒸し屋さんの工場内にあるプールで行われ、排水処理がされています。吉江染工場にあるのはその蒸し屋さんにある友禅流しのプールと同じものでした。

 施設でいえば、「型染」をする板場の大きな回転台も印象的です。型染友禅は一枚板に白生地を貼り付け、型紙を使って色糊を刷り置く染織方法ですが、作業を終えた板を頭上の棚に置き、新しい板を下ろしてまた作業するので、30キロはあるという重い板を1日に何回も上げ下げする必要があります。回転台はその労苦を軽減し、作業効率をあげるために考案されたもの。作業する板が放射状に取り付けられており、染め終わった板を全身で押し下げると、上から次の板が降りてくる仕組みになっています。職人さんの負担は少ないものの通常の板場より広いスペースが必要となるため、導入している染工所は限られているそうです。

  そして何より圧巻は、張り渡した生地に刷毛で地色を染める「引染め」を行っている木造の工場でした。まるで吉江染工場に流れてきた歳月が堆積しているかのような佇まい。そこに立っていると、吉江染工場の施設全体が友禅の博物館なのだと思い至ります。今も職人さんたちが仕事をする、生きた博物館です。

多彩な技と、それを生かした染め替えサービス

 多彩な染めができるのも吉江染工場の特徴です。型友禅と引染め以外に、筆を使って染める「手挿し友禅」も行うのだそう。また型友禅も、染料を混ぜた色糊を使う「写し友禅」と刷毛使って染料を染める「刷り込み友禅」を併用しています。吉江さんも自身も図案を描き、手挿しや引染めをするのだとか。

 そんな幅広い技術を証明するのが、ギャラリーに並んだ数々のきものです。小紋を中心に、小紋の技法を活用した訪問着や振袖、子どもが七五三に着る四つ身などが展示されていますが、技術が豊富だからこそ種類も意匠も多種多様。どれも、奥ゆかしさと上品さを感じさせるのは、吉江染工場の作風でしょうか。手挿し友禅と型友禅を併用させた振袖は、古式ゆかしい美をたたえていて、清楚なお嬢様が着ると似合いそう。上品なグレーの訪問着は、かつて美智子上皇后がお召しになったこともあるロングセラー品です。 

「なんとなく上品なものが揃うのは、クライアントに高級品を扱う問屋さんがおられたせいです。うちがいろんな染めをやるのも、その問屋さんの担当者と一緒に『今度はこの技法でこんなものを作ろう』と、長年取り組んできたからなんですよ。たくさん勉強させてもらいました」

最近では舞台衣装の依頼が増えてきて、衣装部のプロに教わりながら一反ずつのフルオーダーに対応しているのだそう。吉江染工場の作風は、今後もますます広がりそうです。

  そして、多彩な技が何より生かされるのが、直接消費者とやりとりして請け負っている「染め替え」仕事でしょう。ホームページを見たお客様が、変色したり、色が似合わなくなったきものの染め替えを依頼してくるのです。

 染め替えたら着ることができると分かっていても、実際にやろうと思うと頼むところがなかったり、技術的に難しいと断られたりして諦めることもよくある話。

「実は以前からそういう消費者の体験談をよく聞いていて、心を痛めていたんです。確かに販売サイドでは色々な判断が難しいでしょう。でもうちなら、多様な技術があるので大概のことは対応できます。染め屋としての責任を果たしたいという思いから、消費者の方に直接対応する染め替えのサービスを始めました」

 派手すぎる色柄は、地色をシックに変えたり紋様を部分的に消したり。総絞りのきものでさえ、イメージを変えられるというから驚きです。ギャラリーに置かれた染め替え実績の記録写真を見れば見るほど、プロの技と知恵に唸らされました。

 染め替えとはいえ、抜染したり糊伏せして色をかけるため、白生地からのものづくりと変わらない手間暇がかかっているそう。もちろん費用も相応にかかりますが、それでもお客様からの依頼は途絶えることがないといいます。皆、思い入れのあるきものに再び袖を通したいという願いを持っているからでしょう。また、打ち合わせに来られたお客様がギャラリーで新しい一枚を見初めて直接購入される場合もあるといい、染め変えサービスはファンづくりにも役立っているようです。

 また現在、社内にある昔の型を生かした染めの額装品も企画しており、京都友禅協同組合のECサイトで販売する予定だといいます。

「できることはまだまだあると思っています。今後もいろいろ考えて、ここをきものを核とした楽しい場所にしていきたいですね」

と、吉江さんは抱負を語ってくれました。

 なるほど、吉江染工場は博物館ではなく、友禅のアミューズメントパークなのかもしれません。代々守ってきた施設と研鑽してきた高い技術を武器に、今後も吉江さんは京友禅の楽しみ方をますます広げてくれそうです。          

(文:白須美紀 写真:田口葉子)

PROFILE
代表取締役 吉江康二
有限会社 吉江染工場

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