作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


一人ひとりのスキルを高め、プロのものづくり集団へ

美和

若者が働く活気ある社内

 株式会社美和は、振袖を中心にものづくりをする染め加工の会社。工場を訪れてまず驚いたのは、若い人の多さでした。型染友禅の世界では職人さんの高齢化が叫ばれており、どこの現場もベテラン職人が現役で活躍している印象です。しかし美和では、そうしたベテランに混じって、若い職人さんたちが働いているのです。業界が頭を悩ませている後継者問題をどうやって解決したのでしょうか。

「実は型染業界ではずいぶん前から職人さんの争奪戦が起きているんです。あるときうちも外注の職人さんを確保できなくなり、大変なことになってしまいました。そのことをきっかけに、自社で育てていこうと決めたんです。若くてもやりたい人は結構いて、募集すると来てくれますよ」

と答えてくれたのは、3年前にお父様から会社を継いだ2代目社長の田辺哲也さん。

「雇うことはできたとしても、問題は定着率なんです。若い人は数年で辞めてしまうことも多くて。大切なのは、それでも挫けずにまた雇うこと。そうすると、ときどき残る人が現れてくれるんですよ」

 美和では型染友禅以外にインクジェット捺染でも振袖を作っています。図案データを加工する意匠部も若い人が中心で、女性スタッフも多い印象です。  

 テキスタイル用のインクジェットプリンタで布にプリントするインクジェット捺染は、1990年頃に誕生した技術。2000年代になり染料インクや布の前処理が進化したことにより実用化が進み、繊維業界で使われ出したのだそうです。美和がインクジェットプリンターを導入したのは、2007年のこと。それから14年になりますが、年々インクジェット捺染の注文は増え続けているそうです。

「型染は作業工程の関係で最小ロットが10反ですが、インクジェット捺染なら4反ですみます。そうなると、クライアントとしては同じ予算で種類が増やせるわけです。いろいろな意匠が求められるのは、レンタル振袖の需要が増えている影響でしょうね。レンタルでは定番もの以外に、見た目の可愛さやインパクトある柄もバリエーションとして必要になりますから。小ロットで作業期間も短いインクジェット捺染は、今の時代に合致しているのだと思います」

 事実、現在では美和の売り上げの65〜70%はインクジェット捺染の製品なのだといいます。そしてインクジェットの躍進があるからこそ経営は安定し、時間をかけて育てなければいけない職人の卵を雇う余裕が生まれるのです。 

 

インクジェット捺染にも生かされる職人技

 図案を取り込み、パソコン上でデータを加工し、プリンターで出力する工程だけを見ていると、インクジェット捺染は一見グラフィックデザインと同じように思えます。しかしやはり染物なので、振袖や絹への知識、型染友禅の技術が大切になるのだそう。データを加工するときには、型紙を彫る技術が活かされますし、色の指定は染色した布の色見本を見ながら行います。さらに人の手が必要なのが、金加工の準備。染料を定着させる蒸し工程から戻ってきた布に金加工をするための樹脂を置く作業です。この作業だけは、型友禅の職人さんが手作業で行うといいます。

 実際にこの日も職人さんが、蒸し工程から戻った布に樹脂を置いていました。型はインクジェットの同じデータから出力した透明のフィルムです。しかし、染めたり蒸したりした後の生地は縮んだり伸びたりして動いており、フィルムの紋様とズレが生じてしまいます。職人さんは生地をあちこちひっぱり、斜めにずらしたりして、慎重に布とフィルムの模様の位置を合わせていました。

「この作業はすごく難しいんですよ。これも型染の技があってこそです」

物によっては、そこからさらに刺繍が施されることも。漠然と「インクジェット捺染はプリントして終わり」という印象を持っていたのですが、意外にも人の手がずいぶんかかっていることに驚かされました。

 

染め屋を続けていくために

 インクジェット捺染の興隆にともない、型染友禅の需要は減少の傾向にあります。けれど田辺さんは職人技の型染も守っていきたいと考えているそう。若手職人を雇うのもその現れです。

「型染ができることはインクジェット捺染のクリエイトにも良い影響を与えますし、逆にインクジェットの経験が型染に影響する場合もあるんです。型染もインクジェット捺染も両方をやることにより、他社にはない意匠を生み出せるのがうちの強みです」 

 また、意匠データを作るスタッフはモニターに向かっているだけでなく、インクジェットのプリント作業も担当するのだそう。なかにはデータ作成と型染の絵の具場を兼任する若手もいます。美和では一人で何役も兼ねるのが当たり前。会社のなかで分業化になってしまうのをなるだけ避け、全員が自主的にものづくり全体にコミットするよう体制がとられているのです。

「究極でいうと、竹工芸の職人さんみたいに自分で作って自分で売りに行く形が理想なのですが、友禅でそれは難しい。でも自分が関わる布がどのように作られて、どんなものを求めるお客様のところに届くのかは、意識できるようになってもらいたいと考えています。そうすれば会社全体のものづくりの力があがり、より高品質でお客様に喜ばれる商品が作れるようになりますから。それに、できる子がいればいるほど、いろんな顔の商品が作れます」

 実際、美和の商品には、振袖の常識を覆すような大胆な色柄も豊富に揃っています。しかもそれらは、インクジェット捺染だけでなく型染でも作られていました。田辺さんの言うとおり、「いろんな顔の商品」が着実に生まれているようです。 

 今は活気あふれる美和ですが、創業以来すべてが順風満帆では無かったといいます。田辺さんが修行から戻り現会長であるお父様と一緒に美和で働き出してからも逆境はあり、染め屋の仕事をしながら親子で消費者相手の小売営業に出かけていた時期もあったのだそう。

「地方を回って消費者さんに小売したり、染め直しなどの注文をいただくんです。遠いところでは、沖永良部島まで行きましたよ」

 今は染め屋の業務が忙しく、小売りはしていないそう。でも、決して安心はしていないと言います。

「良くなったら必ず反動がきますし、そんな甘いものじゃないですから。常に危機感は持っていますね」

今があるのは、常に逆境から学びプラスに変えてきたからこそ。悲観はしないけれど油断もしないスタンスで冷静に次の一手を打つことは、経営者の大切なスキルに違いありません。

 そして、田辺さんには小売りに奔走した時代からずっと変わらず持ち続けている信念があります。それは、「染め屋を続けていく」こと。型染の板場を残していく努力もインクジェット捺染の導入も、若手の雇用も社員のスキルをあげることも、すべてはそのため。

「結局のところ、いいものを作り続ける以外にないと思っています。あとはどれだけ、クライアントや消費者を見ていけるか。独りよがりのものづくりにならないように、どんなものが求められているかをしっかりキャッチしていきたいですね」

頼もしいスタッフや職人さんたちと一丸となり、田辺さんはこれからも消費者が求める振袖を作り続けていきます。    

(文:白須美紀 写真:田口葉子)

 

 

PROFILE
代表取締役 田辺哲也
株式会社 美和

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