作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


家族の力を結集し、先祖から受け継いだ板場を守る

丸染工

異業種から転職し、友禅の世界へ

 目の前の衣桁にかけられた振袖の美しさに、はっと息を呑みました。赤い地色に散りばめられたおめでたい古典柄が華やかで、若い女性がまとえばいっそう愛らしく映るに違いありません。この何とも可憐な振袖を職人さんたちと共に作りあげたのは、創業120年を数える丸染工の横田武裕さん。四代目社長加藤定夫さんの娘さんと結婚し、10年前に情報機器の会社から丸染工に転職した若きホープです。

 京都の型染め友禅の世界では、問屋さんをクライアントに持ち自社できものを染める会社を「上職(うわしょく)」といい、図案や色を決め職人さんたちを指揮する人を「親方」と呼びます。横田さんも数年前に、加藤社長から親方の役割を引き継いだのだそう。

通常親方は職人さんに指示するだけで自分は手を動かさないのですが、横田さんは入社と同時に加藤社長の計らいで現場を経験させてもらい、染料調合や型染の技術を修得したのだそうです。それには理由がありました。実は加藤社長自身も横田さんと同じ立場で、結婚後に奥さんの家業を継いで親方になった人。外から入った若い親方がベテラン職人さんを指揮する難しさは社長自身が一番よく理解しており「自分が現場を経験せえへんかったことの反省も込めて、横田にはなんでもやらせたいと思った」のだそうです。

「今となってはすごい武器だとわかります。職人さんと話ができるし、どこまで無理が聞いてもらえるかも判断できますから」

と、横田さんも仕事をすればするほど、そのありがたみを痛感している様子。友禅を取り巻く環境が激変し職人さんたちの高齢化が進む現代では、親方も職人も両方できる若い横田さんは丸染工の大きな武器となるに違いありません。

 またそれ以外にも丸染工が珍しいのは、一家で多角経営をしているところでしょう。加藤社長の長男大典さんは、丸染工の別事業としてウェブショップ「男着物の加藤商店」を2004年にオープン。また加藤社長の奥様である月絵さんも、1999年に東山の高台寺近くにきものレンタル「染匠きたむら」を開店しました。どちらもきもの好きの間では、人気のお店です。家族がやりたいことを思い思いに挑戦し、それが企業としての事業化につながっているところは丸染工ならでは。加藤家、横田家のファミリーパワーは、何とも頼もしい限りです。

振袖の美は、多彩な色と技術の集積

 丸染工の専門は、留袖と振袖なのだそう。親方は図案家と打ち合わせてデザインを考え、配色を決めて、染め型を発注。職人さんたちがその型と染料に糊を混ぜた色糊を使って、一色ごとに白生地を染めていきます。色糊を正確に調合するのは、「絵の具場」の仕事。丸染工では職人さんの経験と勘で染料を調整する「手あわせ」で、目当ての色を作りだしています。

 振袖は少なくても24色、豪華なものなら40色を使用します。一色でもぶれてしまうと全体のバランスが崩れてしまうし、たとえそのとき偶然うまくいっても、追加が来たら再現できません。「ここで間違うてもろたら何にもならんしね」と加藤社長が言うとおり、絵の具場は型友禅の心臓部。丸染工ではこの道50年以上という川田秀和さんが担当しており、最近入った女性の新人さんが色作りを学んでいました。

 そして、絵の具場の奥にあるのが、型染めをする「板場」です。白生地を貼る板は歪みの少ない樅の一枚板が定番。使っている板にもよりますが、板自体は1枚10〜15kgあり、布を貼って色糊を置いた状態になると20〜25kgほどの重さになるそう。染め終えた板は毎回上の棚に持ち上げて乾燥させるのですが、大変な力仕事です。やはりこの道50年以上という職人の加藤明夫さんも重い板を毎日上げ下げしており「柄にもよるけど1日100回は上げ下げしてるんちゃうかな」と、教えてくれました。職人さんには、作業の繊細さと力仕事の両方が求められるのです。

  振袖ほどの多色になると型自体も相当の量になります。40色を使う豪華な振袖になると一つのきものに450〜500枚ほどの型が必要になり、職人さんたちはそれらを一枚一枚手で均質に染め、板を上げ下げします。愛らしく美しい振袖は、実は緻密な技術の気の遠くなるような集積で生み出されており、その凄みに圧倒されるばかりです。この絵の具場と板場こそが、丸染工の宝に違いありません。

「型を辞めたら伝統産業ではなくなってしまう。うちは先祖から受け継いだ板場を、何としても続けていかないとあかんのです」

加藤社長の言葉が、心に深く響きました。

 

型染を残すために挑戦を続ける

 さまざまな時代の変化により、型染振袖の生産量は年々減っています。職人さんたちも高齢化するなか、板場を守るにはどうすれば良いのでしょうか。

「価値を分かってもらうには、まずこうして手でやっていることを知ってもらわないといけません」

と、横田さんは言います。鍵になると考えているのは「体験」。2021年には、エコバッグやハンカチと染料をセットにした手描友禅の体験キットを商品化し「男着物の加藤商店」で販売しました。新型コロナによる巣篭もり需要もあいまって、とても好評なのだそう。

「ずっと義兄と『いつかは一緒に何かやろう』と話していたので、コロナが良いきっかけになりました。修学旅行が中止になった学校から注文いただくことも多いんですよ。次は、うちの本物の型を使って、型染を家で体験できるように商品化を進めています」

 また同時に、工場での本格的な体験にもニーズを感じているといいます。横田さんは毎年芸術系の大学で友禅の話をしていますが、興味を持った学生が工場にやってくるのです。アルバイトをする子もいて、配色、色づくり、染めまですべてやって、卒業式に着るきものを作った学生もいるのだそう。

「本格的な振袖は無理ですが、簡単な付下げなら一般の方でも挑戦できます。今、そのための企画を考えているんですよ」

丸染工の歴史ある板場で、自分のきものを染めることができるとは。とても楽しそうな企画に、思わず期待に胸が膨らみます。

 こうしたすべての試みは、伝統ある型染を残すための方策。加藤社長の思いは、横田さんにしっかりと引き継がれているようです。

「親父は『とりあえずやってみ』と言える人。ネットショップもレンタルも親父の時代に始まりました。僕にも挑戦させてくれるのがありがたいですね」

と横田さんも頷き、「でも、普段は喧嘩ばかりしているんですよ」と笑うのでした。

 親方仕事や職人仕事、営業や新企画まで、何でも気負いなくこなしていく横田さんからは、これからの時代の新しい親方の姿が見えるよう。丸染工ファミリーのパワーはやはり頼もしく、今後も私たちときものの世界を身近に、そして豊かに、つないでくれることでしょう。

(文:白須美紀 写真:田口葉子)

PROFILE
(左)代表取締役 加藤定夫
(右)京友禅型染 
京もの認定工芸士 横田武裕
丸染工 株式会社

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