作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


「京友禅+α」の企画力で、新たなビジネスを創り出す

日根野勝治郎商店

京友禅のアートディレクター「染め悉皆」

 あるときはメガネ拭き「おふき」の仕掛け人としてテレビに登場、またあるときは百貨店の店頭でお洒落なアップルウオッチバンドや蝶ネクタイを販売。現代的な京友禅アイテムで多彩な活動をしている日根野孝司さんは、「染め悉皆」を営む日根野勝治郎商店の三代目です。

 染め悉皆とは、白い生地が美しい染物に生まれ変わるまでのすべてを取り仕切る仕事。あまり知られていませんが、実は友禅染めは色柄を染める職人さんだけで作っているのではありません。図案を起こす図案家、染めた布の染料を定着させる蒸し屋など、実にさまざまな工程の職人さんたちが関わっています。染め悉皆はそうした職人さんたちに指示を出し、工程を統括して京友禅を形にしていくアートディレクターのような存在です。

 日根野勝治郎商店が扱うのは主に「裏物(うらもの)」と呼ばれる八掛、じゅばん、羽織の肩裏。さらに色無地やぼかしのきものも制作するといいます。扱う製品のなかには、布に直接絵を描く素描友禅(すがきゆうぜん)で染めた一点物の豪華な羽裏もあり、ひとくちに裏物といっても奥が深そうです。

「配色はもちろん、模様があるなら図案や構図も考えて発注します。すべて決めるのは僕です。口でデザインしているようなものですね」

 染め工場は150社、仕上げ加工の会社だけでも10社とのお付き合いがあり、それぞれの商品や友禅技法に合わせてベストのところにお願いするのだとか。

 おそらく京都中の友禅工場に詳しいのではと感服しますが、さらに驚くのは友禅の範疇を超えた商品の豊富さでしょう。藍染めや柿渋、木綿の手ぬぐいや風呂敷などもあり、染料も素材もバラバラです。西陣お召しの反物は染物ではなく織物だし、蝙蝠の絵柄を素描きした紙の和傘にいたってはもはや布でさえありません。

「変わったものをよく相談されるので、普通の悉皆屋にはない商品が多いんです。いろいろやっているうちに扱う種類が増えてしまい、そのせいでまた色んな商品が来るんですよ」

しかもそのどれもが素敵で完成度も高く、デザイン力が窺えるものばかり。日根野さんのような存在は、クライアントにとってさぞかし頼もしいことでしょう。部屋の隅にたくさん置かれている新製品の企画やデザインを讃える賞状が、それを証明するかのようでした。

 

「良いもの」に、さらに価値をつける

 日根野さんは同じ大学に2回通って経済と建築を学び、建築会社に就職した後に家業に入りました。お父様の怪我がきっかけでしたが、継ぐことにためらいはなかったといいます。組織のなかで働くより自分で経営や戦略を采配するほうが向いていたのもありますが、何より京友禅にポテンシャルを感じていたからです。それは、学生時代から現在にいたるまで40以上の国々を旅した経験からくる確信でした。

「世界中にその国ならではの染物がありますが、京友禅ほど情熱を燃やして細かいところまで作り込んでいる布は他にありません。日本人からすると普通のことかもしれませんが、世界から見ると実はすごいことなんです。それに京友禅の知名度やブランド力も、お金では買えない価値がある。だからこそ、全盛期に比べたら需要も生産も減ってはいるけれど『それでもなんとかなる』と思ったんです。その思いは17年経った今も変わりませんね」

 そんな日根野さんが染め悉皆の仕事とともに力を入れているのが、和装以外の友禅染めアイテム。「SOO(ソマル)」は京都友禅協同組合青年部の仲間と2016年に立ち上げた事業で、日根野さんが代表を務めており、京友禅で手染めした絹の眼鏡拭きやスマホ拭きなどの「おふきシリーズ」を展開しています。

 なかでも「おふきmini」は京都市と包括連携協定を結ぶセブンイレブンや郵便局とともに商品開発や販売促進しており、売り上げの一部が京都市に寄付されているのだそう。2020年に企画された「おふきmini」を封書にした年賀状も人気を博しており、翌年から京都市内のセブンイレブンと郵便局の定番商品になりました。
 こうした動きは、京都市や企業の担当者たちとの連携によるもので、年賀状は雑談から生まれた企画だといいます。精力的な活動によって「おふきシリーズ」も京土産として知られるようになり、今では企業のノベルティやホテルのオリジナル土産などにも採用されるようになりました。

一方、アップルウオッチの時計バンドが印象的な「京都の染屋がつくった™」シリーズは、日根野勝治郎商店のオリジナルブランド。2016年に京都府の事業で百貨店と商品開発を始めたのがきっかけだそうで、蝶ネクタイや絹のマスク、あずま袋の形をしたバッグなど毎年新作をリリースしています。

 日根野さんに挑戦し続けるパワーの源を尋ねると「別に挑戦とは思っていないんです。好きなようにやってるだけなんですよ」という答えが返ってきました。

「僕は『良いものを作れば売れる』という時代はもう終わったと思っています。良いものであるのは当たり前で、『良いもの+α』の+αが決め手になる。そもそも『SOO(ソマル)』も『京都の染屋がつくった™』も、僕ら作り手だけでは成し得なかったこと。実際に販売してくださる小売店や百貨店は、クライアントであるとともに事業の大事なパートナーです。技術や売り上げはもちろんですが、+αの企画力でもクライアントに貢献していきたいですね」

 さまざまな事業を経験した日根野さんが次に見据えた目標は、京友禅の布を海外で販売すること。そのための目下の課題は英語なのだそうです。

「英語はめちゃくちゃ苦手なんですけど、やっぱり人と直接話さないと何も動きませんから。翻訳アプリでは戦えませんしね」

と、照れくさそうに笑いました。

 40以上の国々を旅してきた日根野さんならば、たとえ英語が話せなくても海外で新しい波を起こしていけそうな気がします。何よりその熱い情熱と温かなお人柄は、どんな言語の人にも必ず伝わるでしょう。京友禅の未来がどう変わっていくのか、次の一手がその鍵となるかもしれない予感がして、今後も日根野さんの活動から目が離せそうにありません。

(文:白須美紀 写真:田口葉子)

PROFILE
代表取締役 日根野孝司
株式会社 日根野勝治郎商店

SOO(ソマル)


Copyright Kyoto Yuzen Cooperative.