作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


ファッションの視点で、きものの世界に風を通す

三善工芸

男きもののファッションリーダー

 なんてお洒落なのだろう……! 三善工芸社長である小林重之さんのきもの姿に出会って実感したのは「きものはファッションである」という事実でした。最近は男性もシャツやパーカーを着たりブーツを履いたりと自分なりの着こなしをする人が増えてきましたが、それらをストリートファッションとするなら、目の前の小林さんが着こなすのはハイブランドのモードファッション。手描き友禅の龍さえケレン味なく小粋なアクセントとなっていて、感動的にお洒落です。

 誰でもこうはならないのでは? 小林さんというモデルとスタイリングの両方がすごいから、こんなに素敵になるのではないだろうか……? 見事な着こなしの秘訣について考えを巡らせていると、小林さんは私の気持ちを察したかのように「きものは“品”が大事やで」と、教えてくれました。

 三善工芸は染め屋でありながら自社の小売店「着物ギャラリー&アトリエ善」を持っており、小林さんがプロデュースしたきものや、小林さんの目利きで選んだ個性的な小物を展示販売しています。一点一点センスある品揃えは、きもの屋さんというより洋服のセレクトショップのよう。イベントなどで小林さんと出会い、その着こなしに胸を撃ち抜かれた人々が訪ねてきて、着物を注文していくのだそうです。「あのとき小林さんが着ていた一式が欲しい」というお客様も少なくないのだとか。女性のきものも、小紋、付下げ、訪問着から留袖、振袖まですべて揃っており、価格も明確に提示しながら小林さんが見立ててくれます。

 大切にしているのはお客様とのコミュニケーション。着付けや所作の先生もしているスタッフの斎藤晃子さんがていねいにヒアリングしてお客様の目的や好みを掴んでから、小林さんと相談して3点の候補を用意します。実際お客様に提案するときは小林さんも同席し、本人の人柄や雰囲気、着て行きたい場所などを踏まえながら、お薦めするのだそう。

「お客様に似合うものを考えて、値段に関係なく提案されるんです。そのため3つあるなかで値段が一番安いものを薦めることもよくあって、お客様のほうが驚かれるんですよ」

という斎藤さんの言葉に、小林さんは

「あんまり高いもの薦めてもしゃあないしなぁ。まずは着てくれはったらええんや」

と笑います。

「その人なりに格好良くしたげようと思って選んでます。もう10年くらい続けてきて最近やっとさじ加減がわかってきた感じやなあ。とんがりすぎたらあかん、ちょっと背伸びするくらいに止めておくのがええみたいやね」

きものが決まったら、仕上げに小林さんが帯や小物のチョイスをしてトータルコーディネートするのだとか。お客様からすると、なんと心強いことでしょう。

   三善工芸には、イベントや競技会のために製作したきものが150枚ほどあるといい、それらのレンタルも行っています。何を借りるか決めるときも、小林さんがアドバイスしてくれるそう。例えばパーティに着ていくのなら、会の趣旨や立食か着席かなども聞いて、場にそぐったきものを提案してくれるのだとか。さらに本人の個性を見て、帯や帯揚げ、帯締めも選んでくれます。着替えを済ませたお客様がみんな意気揚々とお出かけになるのは、言うまでもありません。しかも返却は翌日で構わないそうで、京都市内であればホテルのフロントに預けて帰るのも可能なのだとか。

 今までは知り合いや顧客中心のサービスでしたが、2022年春からはレンタル事業を強化するのだそう。現在、ビル内の別の部屋で、着付けと写真撮影ができるように準備を進めているといいます。一般のレンタルきものでは満足いかない、お洒落好き、きもの好きには嬉しい限りです。

 

逆境からの始まり

「ファッションが好きで、小学校の高学年から自分で服を買っていました。家に反物が転がっていて、二階で職人さんが仕事している環境に育ったせいか、服ときものの境界線が無いんやろね」

 そう話す小林さんが三善工芸を継いで専務に就任したのは、35歳の時。お父様が病気で倒れたのがきっかけだったといいます。いざ引き継いでみたら、会社は赤字状態。小林さんはさまざまな研修会に参加して経営を勉強し、幹部と相談しながらリストラを進めていったのだそうです。逆境からのスタートでした。

  それからは、社長らしくいかに利益率をあげ効率よく稼ぐかに集中する日々でしたが、その一方で、クライアントとの間にズレを感じるようになったのだそう。そもそもクライアントの担当者のファッションを見ていても、お洒落に興味があるように全く見えない。自分が手がけたきものを正しく評価してもらえるとは、到底思えなかったといいます。

 そんなとき頭に浮かんだのが、かつてマンション・メーカーと呼ばれたイッセイミヤケやメンズビギなどのデザイナーズ・ブランドでした。マンションの一室にある小さなアトリエで、自分たちで作った服を自分たちで販売して成功した人々です。

「うちもそうしてみたらどうやろな、と思ったんですよ。中間マージンがなくなる分、職人さんにギャラをもっと払えるようにもなりますし」

 それこそが現在の三善工芸のスタイルであり、「着物ギャラリー&アトリエ善」の始まりでした。しかし、伝統産業の壁は厚く、初めの頃は苦戦したのだそう。そもそも洋服と違ってきものは必要がないと買ってもらうことが難しい。まだレンタルも流行しておらず、京都の街できものを着ている人もほとんどいない状況でした。

 そこで次に小林さんが手がけたのが、ファン作りを目的としたファッションショーやイベントの企画です。あるとき染織青年団体協議会という会議に出席してみたら、そこにいる30人の男性のうち2人しかきものを持っていなかったのだそう。それではダメだと、メンバーに自分たちできものを作ることを提案し、完成した作品でファッションショーも開催したといいます。それ以来今日にいたるまで、小林さんは依頼されたり自分で企画したりと、実にさまざまなショーやイベントを運営してきました。

「正直なところ、それが良かったのか悪かったのかは、まだ分からへんね。でもお客さんは着実に毎年増えてるから、まあ正解やったのかもしれません」

 

職人さんを守るため、きもの業界を変えていく

 そんな小林さんが、2018年より和装業界の仲間とともに取り組んでいるのが「京都きものルネッサンス」という活動です。今あるきものや業界の有り様を「商品」「市場」「顧客」の角度から見つめ直し、未来を見据えた新しい商品とサービスを追究するもの。コロナ禍の間はお休みしていますが、消費者が参加できるイベントも毎年開催。お客様に和装ででかける場所や機会を設けたり、新しい着付けの提案を行なったりしています。

 その根底にあるのは、きもの業界の現状への強い危機感。なかでも、職人さんの高齢化と後継者不足は喫緊の課題です。

「僕は職人さんたちに囲まれて育って、真面目に努力する姿勢を側でずっと見てきたんや。だからこそ、職人さんたちが誇りを持って仕事できる環境を作りたい。目指すのは、ヨーロッパのブランドみたいな仕組みづくりです。さすがに年とってきて馬力が落ちてるけど、これが自分の最後の使命やと思っている。染めの職人さんを守れるのは、染め屋しかいいひんさかい」

 小林さんの柔らかな京都弁に宿った強い覚悟が、頼もしく響きます。すべては職人さんときもの文化のため。洋服と和服をボーダレスに楽しむ小林さんならば、若い世代を巻き込み、新しいムーブメントを起こしてくれるに違いありません。  

(文:白須美紀 写真:田口葉子  イベント写真:sayori takeshita)

PROFILE
代表取締役 小林重之
三善工芸株式会社 着物ギャラリー&アトリエ善 

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