作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


魅力あふれる小紋で、女性たちに喜びを届ける 

小糸染芸

お洒落とおでかけを楽しむきもの

 「小紋のきものは、洋服に例えるとワンピースみたいな存在です」と話すのは、小糸染芸五代目当主の小糸太郎さん。

「うちは明治の創業以来、小紋を中心にきものづくりをしてきました。小紋は昔とは異なり、普段着ではなくお洒落を楽しむおでかけ着。タンスの肥やしになってはいけません」

 実際に作品を見せてもらうと、太郎さんのおっしゃる意味がよくわかりました。どの反物も伝統と品格を感じさせながらもデザインに技があり、はっとするほどモダンで華があります。こんなお洒落なきものに袖を通したら、最高に心弾むおでかけができるに違いありません。  

 古典的な流水柄は、地色が冴えた水色に染められておりモダンな雰囲気。一方大胆な洋花のモチーフは、さまざまなニュアンスの茶色だけでシックにまとめられています。何気ない紺地の更紗柄は、よく見ると生地の織りが凝っていて豪華な印象です。古典柄はモダンに、派手な模様はシックに、地味に見えて実は豪華に。こうした意外性こそが小糸染芸の小紋の魅力であり、太郎マジックなのでしょう。

 

心はずむきものをつくる

 新しくきものを作るとき、太郎さんはまず考案室と呼ばれる部屋にこもって柄を考えます。そこには先祖が残してくれた図案が何千枚もストックされており、それらを参考にしながら新しいデザインを考えるのだそう。

 図案が決まれば次は配色です。図案と色見本と白生地を眺めながら、ひたすら熟考します。モダンさや品といったきものの佇まいは色・柄・生地の繊細なバランスによって成り立つため、配色はとても重要な作業。頭をフル稼働させて集中するので、色決めの作業中は周りの誰も太郎さんに声をかけられないのだそうです。

 絵柄や配色を考えるときは、どんな女性がどんなシーンで身にまとっているきものなのかを具体的に想像するのだとか。

「例えばこの柄だったら、ホテルのJAZZが流れるうす暗いバーで静かにお酒を楽しむ大人の女性が似合うでしょう。小紋は現代の暮らしのなかで着るものですから、シーンを想像するのは大事なんですよ。『身にまとうだけで心がときめくきもの』をいつも目指しています」

  こうして生まれた太郎さんのデザインや配色を形にしていくのは、小糸染芸の職人さんたち。染料の調合は昔からの「手合わせ」で、専門の職人さんが長年の勘を元に何度もテストを重ねながら意図する色に近づけていきます。データを取るほうが合理的にも思えますが、人の五感を生かすことで色に深みや味が出るのだそう。

 そして板場ではベテランの職人さんが、一枚板に貼った白生地に型紙を置き、こまベラや刷毛で色糊や染料を染めつけていきます。

 小糸染芸のきものは一点物も多く、地色や柄色、生地や染め方まで変えるこだわりの創作品。そのせいなのか、即決で購入されるお客様も多いのだそう。一期一会のきものに一目惚れしてしまったら、もう連れて帰るしか無いのでしょう。

 

ファンとの交流も大切に 

 きものや帯を染める以外に小糸染芸が大切にしているのは、お客様とのコミュニケーションです。催事があると太郎さんや弟の次郎さんが現地に赴き、お客様に直接ご説明します。

「反物だけがでかけて行くということはありません。必ず2人どちらかとセットで会場にいますよ」

なぜなら、意匠に込めた思いや職人さんたちの技術を、自分たちの言葉で伝えることが大切だと考えているからです。SNSに力を入れているのも同じ理由。Instagramはファンとの大切な交流の場になっています。

 

 作品はもちろん作り手の魅力もあいまって、小糸染芸にはたくさんのファンがいます。2018年に開催された小糸染芸の創業150周年記念展では、全国から大勢のお客様が駆けつけて下さったそうです。また、2021年10月にはオンラインショップもオープンし、オリジナルの長襦袢や太郎さん手作りのEC限定帯留などが直接手に入るようになりました。

「心ときめくきものを作るのはもちろんですが、届け方やファン作りに関してもまだまだ挑戦できることはあると思っています」

と、今後もいろいろな計画を立てている様子です。

 最近、太郎さんには未来の楽しみができました。自動車メーカーでデザイナーをしている息子さんが、家業に興味を持ちはじめたのだそうです。150周年記念展で、大勢のお客様がキラキラした瞳できものをご覧くださる姿を見たのがきっかけでした。

「長男とはよく仕事の話をしますね。グローバルな世界の話などを聞くと、異業種とはいえ学びが多いんですよ。息子が小糸染芸の六代目を継ぐことになるならば、その広い視野はきっと役に立つでしょう。本質さえ見失わないのなら、息子なりの挑戦を思いきりして欲しいと思っています」

 長く続く老舗企業では、その歴史のなかで必ず中興の祖と呼ばれるような改革者が現れるもの。小糸染芸の場合それは五代目でしょうか? それとも六代目かもしれません。きもの離れが叫ばれる時代のなかそれでも未来を見据えて、太郎さんは今日も美しい作品を生み出しています。                     

(文:白須美紀 写真:田口葉子)

PROFILE
五代目・代表取締役社長 小糸太郎
株式会社 小糸染芸

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