作り手紹介

京友禅が生まれるところ
COLUMN


最新技術を取り入れながら、美しい振袖を生み出す

池田染工

ビルの各階で行われるものづくり  

 住宅街のなかに溶け込むように建つ池田染工。そのドアをあけると、地下1階から4階にいたるまで、ものづくりの空気に満ちた別世界が待っています。

 池田染工が主に手がけるのは、振袖。型染友禅という技法で、職人さんたちが一色一色型を使って華やかな文様に染め上げています。

「色数やデザインによって違いますが、大体1枚の振袖に数百枚もの型を使うんですよ」

と説明してくれたのは、常務の池田泰久さん。一枚の振袖にそこまでの手間がかかっていることに驚き、職人さんたちの仕事に圧倒されます。

 型染めの作業は樅(もみ)の一枚板の上で行われるため、型染め友禅をする作業場を、「板場」と呼ぶのだそう。板場の仕事で大変なのは、約8kgはあるという重い板の上げ下ろしです。染め終わった生地を乾燥させるために板ごと頭上の棚に持ち上げて収納し、また次の板をおろして作業します。

  そんな職人さんの負担を軽減し、作業効率をあげるために考案されたのが、池田染工の2階に鎮座する「回転台」です。16mの生地が貼れる長い板が10枚組み合わさったもので、迫力満点のスケール。作業が終わり体重をかけて台を下げると上から次の台が降りてくる仕組みになっており、職人さんの負担は随分減って、力の弱い女性でも型染ができるようになりました。とても便利ですが、板を頭上にあげる方法だと狭い場所でも作業できるのに対し、回転台は広いスペースを必要とするため、業界のなかでも導入している会社は限られているのだそうです。

  また、振袖の全体の印象を決める地色は、型ではなく刷毛を使い、布を張り渡して染めていきます。この工程は「引染め」と呼ばれるもの。外注に出す染工場も多いのですが、池田染工では社内で行っているのだそう。友禅はさまざまな職人さんによる総合芸術ですが、池田染工がそのパートの一つひとつを大切にしていることが、伝わってくるようです。

 

最新機器も積極的に導入

 そんな池田染工の最新技術が、2017年に導入したインクジェットプリンターです。テキスタイル用のインクジェット捺染は2000年代頃から品質が向上し、製造現場に普及したのだそう。和装業界では振袖の工場がいくつか使用しているといい、池田染工もその仲間に加わりました。

 インクジェット捺染では、スキャンした図案を加工して文様データをつくり、色を指定するところまですべてパソコン上での作業になります。そして作成したデータを、大きなインクジェットプリンターで白生地に出力します。

  池田さんによれば、手染めによる型友禅は、作業の都合上最小ロットが10反になりますが、インクジェット捺染の場合は4反なので、小ロット生産が可能になるのだそう。それは、バラエティ豊富な品揃えを考えるクライアントのニーズにマッチしているといいます。また納品までのスピードも格段に早くなったのだとか。

「社長が『うちは小さな会社なので、機械に頼れるところは頼る。ただし最終は人がしっかり確認する』という考えを持っていて、インクジェットを導入したんですよ。早くて便利なイメージですが、マシントラブルには要注意ですね。染色の途中で事故があると反物が全部無駄になってしまうんです。そのためインクジェットの担当者もメンテナンスに細心の注意を払ってくれています」

 また、インクジェット着物の仕上げに行う金加工は、型友禅の板場の技が必要になるのだそう。金加工自体は機械でやるのですが、金を吸着する樹脂は板場の職人さんが手で刷り込んでいるのです。

「今はインジェット捺染の売り上げが伸びていますが、この先もっとすごい技術が生まれるかもしれませんし、先のことは分からないと思っています」

と池田さんは言い

「人の手で行う型染は歴史もあるし、創業以来大事にしてきた会社の宝ですから、板場もしっかり守っていきたいですね」

と、決意を聞かせてくれました。

 

染料も自動で調整 

 「機械に頼れるところは頼る、ただし最終確認は人の手で」という池田染工のポリシーは、型染めの色糊をつくる絵の具場にも生きています。それが、染料の自動調整機です。たくさんのボトルにベースとなる染料が入っており、本来なら人が調合して色を出すところ、この機械がパソコンに入力した配合データに基づいて欲しい色をブレンドしてくれるといいます。導入されたのは1997年、現在の機械は2020年に入った2号機だそうです。

この機械を使って絵の具場を担当しているのが、ベテラン職人の一ノ宮生子さん。一ノ宮さんは板場の職人として働いたあと絵の具場に配属され、初号機の導入からずっと自動調整機を担当しています。

「当時は直属の上司がいて2人で使い方を勉強し、慣れていきました。10年前から1人でやっているのですが、やはり機械やパソコンにトラブルが起きたときが大変ですね。今でも引退した上司に電話して相談することがあるんですよ」

染料はデリケートでほんの少しの量の違いでも発色が変わってしまいます。もし機械のノズルが少しでも詰まってしまったら、パソコンのデータは正しくても全く違う色が調合されてしまう可能性もあるでしょう。順調なときは効率よく便利な機械ですが、いつ故障するかは誰にもわかりません。だからこそ、大切になるは一ノ宮さんの色を見る目。

「染料は糊と混ぜ、蒸して発色を試験しますが、そのとき慎重にチェックしています」

という言葉からも、機械を使っていても職人の技が必要となることが伝わってきます。

 どうやら、インクジェットプリンターも染料の自動調整機も、メリットは大きいですがトラブルのダメージも大きい印象で、社長の言葉どおり人間による確認仕事が重要であることが伝わってきます。毎日営業に飛び回っている池田さんも大きく頷いて

「本当にそうです。僕は現場の皆さんにおんぶに抱っこの状態ですから、ありがたく頼もしく思っています」

と話してくれました。

 意外なことですが、実は振袖にも流行があります。2010年代からは明るくビビッドな多色使いが主流ですが、最近では落ち着いたモカ系やナチュラルカラーも人気なのだとか。やはりきものは、ファッションの一部なのです。創業以来お洒落な和装品を作り続けてきた池田染工だからこそ、デザインも機械も最新のものを積極的に取り入れていく姿勢を大切にしているのでしょう。

(文:白須美紀 写真:田口葉子)

PROFILE
常務取締役 池田泰久

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